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 1016刀剣乱舞―陸奥守吉行


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【model: コウ】

時は流れ、それはいつか言葉になる。
物は残り、人はいつかそこに宿る。
それは「何か」など、きっと構いやしないのだから。



▼追記に考察あり(※集めた情報を個人的な見解で考察しています)



坂本龍馬が佩刀したとされる陸奥守吉行の刀。
刀工が陸奥守吉行であり、本名は森下平助。彼の作品は土佐の中でも特に優れていると評され、
この刀工が作刀した刀は全て陸奥守吉行と呼ばれる。

元々坂本家に伝来していた刀を龍馬が兄・権平にせがんで贈ってもらったと言う説がある。
(兄宛ての手紙がある)
龍馬は吉行をとても気に入っており、手紙にはよく刀の話があり、また京に行く時はいつも彼を腰に差して自慢していたと言う。
が、生前一度も吉行を振るわなかったともいわれている。
暗殺された際も龍馬は吉行を床の間に安置していたと言うが、龍馬は吉行で死にたいと兄に手紙を出しており
結果その通りとなってしまった。

この吉行にとっては、京博に在る現在まで実質龍馬だけが刀を佩刀した主だったことになる。
(京博へと渡るまで坂本直、坂本弥太郎と伝わっているが時は明治、幕末後のため刀を佩いていた可能性は低く記録もない)
そのため言動・持ち物に関しても龍馬を色濃く映しているのも頷ける。
どちらかと言うと、刀・陸奥守吉行であると言うことよりも、龍馬と言う人間の人生を継いだキャラクター反映のように思える。

"土佐じゃー名刀として評判やったがやけど、龍馬の時代じゃ、もう刀は時代遅れじゃった。
けんど、それが世界というもんぜよ。"(刀帳)
"おんしゃは、目標はあるがか?"(本丸時)
"銃は剣より強し、じゃ!"(戦闘時)
"戦で褒められても…微妙じゃなぁ…。"(MVP)

龍馬が残した数々の名言に加えて、彼の思考的特徴なども吉行に反映されているように思う。
龍馬が吉行を振るわなかったこともあるのか、彼の刀の下緒は飾り結びのままであるし(本来戦うために佩刀する武士は下緒を飾り結びにしたままにはしない)本人も戦を好まず、刀として使われることに固執していない印象がある。
そして吉行は1913年釧路の大火事で焼け、後再刃されているが(無反りになった原因)
彼にとって焼けたことなど意にも介していないように見える。

新撰組と喧嘩になりそう~と言っているのは、恐らく幕末の派閥によって単純に使えた主が敵対していたとか言う理由ではなく、刀としての在り方が真逆であると言う観点から言っているのでは?と思った。
新撰組の刀達は刀として大層振るわれていた経歴をもち、それこそ武器として人も数えきれないほど斬ってきただろうし、
刀として「使われる」ことに執着もしている面がある。武士と言う在り方を主と共に生きてきたからこそ
その性質を継いでいて武器としての存在意義と、持ち主の性格が彼らを表してもいる。

が、吉行の場合は佩かれていたものの振るわれず、龍馬は「拳銃の前では剣など役に立たぬ」と言った。
新しいものに着目し、時代に拘らず先を見据えていた龍馬と同じように、吉行も自分が刀であるにも関わらず、
名刀の矜持がない。
自分自身がもう時代遅れであると知っていて、それを受け入れている側の刀である。
人は新しいものに目を向け、時代と共に武器は使われなくなりいずれは言葉で歴史が作られていく、
と言う吉行の考えそのものの相違によるからでは、と思う。

2205年での顕現が彼の来歴のいつ頃に発現しているのかは分からないが、
京博までの時間軸の後であるとするなら吉行はもう再刃された後は美術刀となり、武器ではなく後は史実を伝える資料となった後である。

吉行がなぜ自身の来歴に対して悲観的ではないのか、と言う点については
自分が物であると言う認識がまずあることと、龍馬がたとえ死んだとしても(そもそも人間はいずれ死ぬのだし)
その人間と人生を共にした物さえどんな形でも残れば後世に持ち主の名を伝えゆく資料になる。と言うことを
知っているからではないか…と思った。
生まれた瞬間から物はもう過去を生きるし、人と同じ未来には行けない。
ただ残り続ける事で持ち主の名前を絶やさないようにできる一つの手がかりであることを吉行自身が知っているのだとすれば、
彼が「刀」と言う自分に頓着せず、刀を時代遅れと言い、再刃に関して言及しないのも頷ける。
……が、そんな風に自分のそもそもの在り方すら置いといて持ち主を体現することができる視野の広さと懐の深さが
一体どれだけの刀がそう考える事ができるのかな…と思うと、あまりにもつらい。
(物は人に依存するものだし、他の刀には彼らの来歴があり龍馬の手に渡ったからこその思考であるだろうし、龍馬一人が主として刃生を終えられた吉行はある意味名刀の中では幸せだろうとも思えるが)

外観からは全く想像もできない(刀と銃持ってバンバンやるから好戦的かと思いきや)考え方をしていたので、
吉行ときちんと向き合ういい機会をもててうれしく思います。

取り残されたのではなく、自分が残されていくものだと知っている、"世界をつかむ"のは自分ではないと知っている
(まして、自分の元主でもないと知っていた)。古いものは捨てろ、生き残れるもの(新しいもの)をとれ、そして取り残されるな…と、訴えているようにも思えた。
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