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 1220刀剣乱舞―同田貫正国


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【model: 恭乃】

思念の海。夜明けの灯。
時代は彼を率いては、置いていく。


▼追記に考察あり(※集めた情報を個人的な見解で考察しています)

・同田貫とは、古刀末期に肥後で起こった刀工集団であり、肥後熊本を領した加藤清正のお抱え刀工であった。
清正好みの豪壮な実践等を造ったとある。
・同田貫正国は同田貫清国の弟で、もとは小山上野介信賀というそうな。
・同田貫正国とは、彼が打った刀の総称であり、本来特定の刀を指す固有名詞ではない。
天覧兜割りの逸話で一躍有名になった一振りが現在では同田貫としてよく知られており、刀帳で「他の連中にできなかった兜割り、成功したのは俺だけなんだぜ」と言っていることから、作中ではこの逸話をもつ同田貫と言うことのようである。
(榊原鍵吉氏が同田貫正次を用いて~と言う記述もあったので本当かは定かでないものの、そういうことらしい)
・刀帳で遊戯の世界じゃどうたぬき、と言っているのは「子連れ狼」に搭乗する主人公拝一刀が使用した架空の刀胴太貫によるもの、とある。(地名から取られている同田貫は濁るほう)
・同田貫は現代では美術的評価が低く、同田貫の刀全体が実践を想定して作られた頑丈さを重視した大量生産品であるとのこと。
斬るよりも断つ。消耗品扱いではあったが、当時鎧を身に着けた相手と戦う実践に於いては史上最強の威力を見せた。
戦国時代、戦場で一殺するよりも動けなくさせられれば十分であった。
(言ってしまえば切れ味がバツグンではない刀であれど、相手を戦闘不能に陥らせることができればなんでもよかった。確かに殺すよりも相手を動けなくさせて道を開くほうが大将を落とす戦では合理的である)

・つまり当時の彼は、使い捨てであろうが大量生産品として多くの武士に渡っていた可能性があり、彼らが手にとって戦ったかもしれない。我々の時代に置き換えると、使い捨てだが書き味バツグンのボールペンで、咄嗟のメモを取るのに高級ペンでなくとも良いがよく書けてインクの擦れない、失くしても代わりはあるけど次に買うのもソレがいい。と言うやつではなかろうか。
多くの人間(特に上流階級でなくとも、一介の兵士たち)に沢山使われ、ダメになってはまた新しい同田貫を求める。
彼に特筆すべき主をもったと言う伝えはないが、(何せ数が多すぎるからか)同田貫"たち"が実践刀として幾つもの戦場に立ってきだろうことは想像に難しくない。

ただ、江戸時代以降相手が鎧を着用しない素肌剣法が広まったあと、刀に美しさも求められるようになってから評価を落としてしまった。
彼の出で立ちは鎧姿に天覧兜割りの逸話を印象付ける兜が傍にある。しかし時代錯誤である。彼の名を有名にした天覧兜割りは明治19年11月10日に行われた試し切りであり、その時既に鎧を着用した戦はもうない。
"必要とされていた時代のままの服装"で、"誉"を片腕に抱えた状態での顕現。
見世物でもしないと強さを証明できない時代って言うのは嫌になるよなあ、と言う台詞からも分かるが、現在に於いて強さの証明は戦がないため実践でそれを見せるのは不可能で、且つ美術価値が低かった彼は戦国時代に多くの武士の手によって活躍したという証明ができなかった。銘はあっても誰にもたれて、どんな武勲を上げた刀かがわからない。
刀としての性能が良いことを知らしめるには天覧兜割りのソレをもっていた方が視覚的証明になるのだろうが、彼の顕現した見目が、喋れなかったことを全て体現させているようでつらい。

有名な人間にもたれた刀はそれだけで来歴が華やかだ。"主"が変わったり献上されることで評価がついていく。武将に仕えた人間たちが記録を残していくからだ。
しかし一介の武士が使った物たちの記録はない。本人たちが戦場でその記録をとることもない。物の価値はいつだって人間が伝え伝来していく。時代が変われば物は置いて行かれ、記録のない物たちはその波にのまれていく。

使い手の存在よりも武器としての在り方を求めたがる彼は愚問だが前主の話は一切しない。物について使えるか、使えないかの話である。決まった名前はない。特に大切にされているわけでもない。だけど使いやすいからそこに置いてある。なくなったらまたそれを買う。よく使えて使いやすいから。特別ではないけれど、ないと困る。
彼自身が人間にそれを気づけと示唆することはない。しかし人はまたきっと、"実践で使える物"を何度でも手に取るのだろう。
物は着替えない。ただ一つまみのものたちだけがときたま、巡り回ることもある。2205年。
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