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 0704刀剣乱舞―大倶利伽羅





"大倶利伽羅だ。相州伝の広光作で。前の主は伊達政宗。名前の由来は彫られた倶利伽羅竜。
……それ以上は特に語ることはないな。何せ、無銘刀なものでね" (刀剣乱舞「刀帳」より)



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【model: 春壱てん】 ※画像クリックで高画質表示されます

不動の業物が殻。己が羨望の眼を潰す龍の痕



▼考察 ※諸説調べ考えた個人的な解釈に寄るものです。
・伊達家に伝わった出名済の刀剣について(未実装含)

1596年 燭台切光忠
1617年 太鼓鐘貞宗
1620年 大倶利伽羅
(1623~1636年の間に 燭台切光忠 水戸へ)
1688~1704年 鶴丸国永
1901年 鶴丸国永 明治天皇へ献上

大倶利伽羅は明治17年8月に仙台から東京に移されるも、関東大震災を逃れている。
燭台切光忠が焼身となった震災時も大倶利伽羅は伊達屋敷におり、
昭和まで伊達家に伝わった。その間売られるまでは太鼓鐘貞宗とおよそ半刃生一緒だったと思われる。

つまり、徳川家より伊達家に移った後昭和まで主が変わることはなかったが
"物理的に"孤独ではなかったと考えられる。


・非常な業物

大倶利伽羅は非常な業物であったとされている。
(業物:わざもの=名工の鍛えた切れ味の鋭い刀。業物認定された刀剣の中には最上大業物・大業物・良業物など振り分けられている)
伊達政宗本人に使用されていたかは定かではないが、
常に軍陣に帯びていたと云われ(江戸時代後期仙台藩の儒者若林靖亭による)
つまりは名刀であり戦にも使われていたようである。


・無銘

大倶利伽羅は刀帳で本人も言う通り無銘刀だ。しかし製作者は相州伝の廣光とある。
銘とは製作物に入れる製作者の名とある。無銘とは、刀剣や書画などで製作者の名が刻まれていないこと。
通常刀剣などは制作した刀工により銘が彫られる。これにより製造者の証明と力の性能を保証するもの、とある。
しかし時と場合によりその銘が削られてしまうことや、あるいは最初から銘が彫られていない場合もあるという。

三条宗近や粟田口吉光のように、刀剣には銘が刻まれている。
それは名のある刀工達による銘が刻まれていれば、切れ味を確かめずともその品質が確かなものであると認められる
言わばブランドのようなものである。

つまり、刀が無銘であるということは、その切れ味の良し悪しに関わらず己の質を保証するものがないということである。
昔から名は体を表すとして、大切にされてきた。大倶利伽羅は作った人が誰かは分かっていても、それを客観的に保証してくれるものがない。
大倶利伽羅廣光。伝えられる名はあれども、その身に廣光の名が刻まれていない限り、
伝わる言葉が失われれば伝わる名はなくなる。
彼の言う「一人でいい」はここからきているのではないか?と思った。
周りは名刀たらしめる"血統証"もちばかり。(無銘刀は他にもいるが、無銘であることを口にしているのは彼だけである)
諸手を挙げて慣れ合うことができるかと言われれば、一線を引いてしまうのも無理はない。
品質を保証されないことが"精神的な孤独"を生んだ可能性がある。


・倶利伽羅竜

倶利伽羅を彫ることで不動の力を刀に込めると言う意味から盛んに彫られているらしい。
大倶利伽羅もその一つだろう。
ペンダントにもあるカーンは不動明王を表す梵字。
真言には「激しい大いなる怒りの相を示される不動明王よ、迷いを打ち砕きたまえ。障りを除き給え。所願を成就せしめたまえ」とある。梵名「アチャラ」は動かない、「ナータ」は守護者を意味する。
左手から這い上がる竜、首(急所)から下げるカーン。ただの無銘ならば一人で良いを貫き通せたかは疑問である。
その二つに守護されていると言う精神的な拠り所が人としては"らしい"。


たとえば彼が、自分を証明できないまま誰かと共に在ることに、比較されることに人並みに恐怖を感じるとしたら?
それこそ本丸で膝を突き合わせるより戦場で力を示す他ない。
水戸への嫁入り、皇室への献上。本人たちにはまた別の刃生があった。しかし大倶利伽羅から見たら
銘が人から人へと渡らせる切っ掛けであるなら、羨ましく映ったかもしれない。無銘刀にはかかる声すらないのだから。
一人にしないでほしいのではなくて、そうやって人に求められて人の手へ渡っていくのが。

伊達家へ長く伝えられたのは彼にとっては良くもあり悪くもあったかもしれない。
黒と腰回りの赤に金の配色が伝政宗所用の文様陣羽織を彷彿させる―とあることから、彼の見目は伊達に沿う。

人の身体を得たのが自分の葛藤に決着をつけた後だとしたら。
もっと早く声を出せたら、もっと早く欲しいものが言えたら良かった(物には無理な話だ、と分かっていても)
竜を彫られた時に人間に願われた。願いが神を創った。それなのに今は人の形をして
今度は願える声を目を手にしてしまった。

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